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芳野

鬼はうち、かもしれない。


大寒波到来で、とても寒い日が続きましたが、節分も過ぎ、今日は立春。

暦の上ではもう春です。

春夏秋冬、いちばん待ち遠しいと感じる季節は、春かもしれません。

前回の季節は巡るを読んで、そう思いました。

そして、「時季カウンセリングオフィス」の名前に込めた願いの通り、

凍える季節を超えて春が来るように、

人の心はつらい時期を超えて、しなやかに強くなっていくのだと思いました。

さて、昨日は節分だったので、ニュースやネットで「鬼」がよく出てきました。 鬼と聞いて、思い出した事柄がありました。

病院勤務時代に、認知症のお母さんの介護をしていた女性の体験談です。

しっかり者の大好きなお母さんが認知症になってしまい、

その方はお母さんの認知症が進行しないようにあらゆる手段を尽くしました。

病院にかかってお医者さんに熱心に治療の相談をし、

あちこち出かけたり、計算や漢字ドリルをやってもらったり、運動したり、

脳に刺激を与えようと一生懸命に介護をしました。

お母さんは、娘の言うことをよく聞いて、一生懸命頑張りました。

でも、やはり、忘れてしまうことや分からないことは度々あって、そのたびにがっかりしたり

娘の悲しい顔を見て落ち込んだり、元気がなくなったりしました。

ある日、旅行先で神社に立ち寄った娘さんは、お母さんのためにお守りを買おうと思いました。

鬼を払う、というお守りでした。

お母さんを襲う認知症という鬼を払おうとそのお守りを手にしたとき、

「母にとっての鬼は私ではないか」と突然、思ったのだそうです。

分からないことを聞いたり、忘れてしまうことを責めて思い出させようとし

母から笑顔を奪ったのは、私の心の鬼ではないのか。

元気でしっかり者の母でいてほしい気持ちを無理に押しつけていたのではなかったか。

それからは、お母さんが笑顔でいられるための介護に変えたのだそうです。

そして、年を取って認知症になってしまったお母さんは、残された年月を笑顔で過ごして一生を全うしました。

鬼はどこに潜んでいるか分かりませんね。

今回は芳野の20年も前の思い出話でした。

次回の担当は中村です。

お楽しみに。


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